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ベシアナちゃんからビデオメッセージが届きました

1998年3月25日、1歳9か月の時にコソボ紛争で砲撃により大やけどを負った少女、
ベシアナ・ムスリュウちゃん。2000年から11年間かけて日本で手術を続けたベシアナ
ちゃんは、昨年8月21日に15回目となる最後の手術を無事に終え、9月28日にコソボ
に帰国しました。
そのベシアナちゃんがコソボに帰る前に、今まで支援をしてくださった方々に向けて
ビデオメッセージを残してくれました。ぜひ、ご覧ください。



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最後の手術

ベシアナちゃんをご支援してくださっているみなさま

ベシアナちゃんを助ける会の事務局をしておりますADRA Japanの橋本です。
ベシアナの治療も今回が最後ということで、昨日、最後の手術を無事に終えることができました。

6月19日に耳の部分に軟骨を入れ、2か月以上おくということで、昨日8月21日に耳の立ち上げ、植皮の手術をおこないました。
これが15回目の手術となりました。
10日間ほど入院し、その後経過をみて9月半ばにコソボに帰国する予定です。

初めて日本にきたのは、3歳の時でした。
あれから11年。「髪の毛を長くしてカールしたい」と言っていたベシアナは、今では15歳。身長も163cmとなり、おしゃれの好きな女の子になりました。日本語を話すこと、聞くことはほとんど不自由はありません。
ベシアナとベシアナの両親とは耳の再建手術までと約束をしていたので、日本での治療は今回で最後となります。
今回の来日は、東日本大震災がおこったこともあり、ベシアナ自身、何度も被災地に行き、私と一緒にボランティア活動もおこないました。

11年にもわたる長い間、多くの皆さんにご支援いただきましたことを心から感謝いたします。
ベシアナの手術は、ADRAネパール口唇口蓋裂医療チームにご協力いただいている病院及び先生方によっておこなうことができました。
特に、ベシアナの治療を受けてくださった東京衛生病院、全て滞りなく進むように手配してくださった東京衛生病院の石川雄二看護師長、執刀医の昭和大学の吉本先生、手術のたびに駆けつけてくださった熊本リハビリテーション病院の吉川先生、麻酔にきていただいた先生方、そして東京衛生病院の多くの看護師さん、病院の方々。。。本当にありがとうございます。

11年前、ベシアナの治療を始めるにあたり、石川師長から「10年はかかるよ。最後までやる覚悟はありますか?」と問われたのが昨日のことのようです。涙を流すことも多々ありました。治療ということだけでなく、3歳から15歳という子供の成長の中で最も大切な時期に係る重責に潰れそうになったこともありました。
みなさんの多くの支えに本当に本当に感謝します。

この11年間の報告を形にしたいとは思っています。
また、ベシアナの帰国前に会いたいと思われる方は8月中は東京衛生病院に、9月になりましたら遠慮なくADRA事務所に連絡をください。
ベシアナには最後にディズニーランドをプレゼントしたいと思っています。(どなたか連れて行ってくださる方がいらしたら大歓迎です)
あと4週間弱の日本滞在となります。
よろしくお願いします。

ベシアナちゃんを助ける会
事務局 橋本笙子

6回目の来日

2011年6月4日にベシアナちゃんが手術のために来日しました。
今回、6度目の来日になります。
前回は2008年、12歳でした。
今年15歳になるベシアナちゃん。
背がすーーーーっと伸びて、私たち女性スタッフよりも大きい!
みんなを驚かせました。
流暢な(?)日本語もそのままでした。

今回の滞在予定は約3ヶ月。
無事に耳の再建手術を終えて、コソボで待つ家族のもとに笑顔で帰って欲しいですね。



帰国への道のり-2

ウィーンに到着後、次の飛行機まで約3時間半の待ち時間。
ウィーン時間16時(日本時間24時)
残念なことにウィーン空港の待合場所は狭く、時間をつぶすのは結構キツイ。
とりあえずイスがたくさんあるところで休憩絵文字名を入力してください


ベシアナちゃんは、この時間をつかって日本の母にラブレターを書きました勉強


日本語は話せるけど、ほとんど書けないので、
話し言葉(日本語)をベシアナちゃん流のローマ字(アルバニア語読みローマ字)で書き、4ページに感謝の気持ちを込めました絵文字名を入力してください


1_convert_.jpg



書き終わったら暇になったベシアナちゃんが発した言葉は、、、



「ポテチ食べたい」M



ベシアナちゃんが意味するポテチは2種類

1)ポテトチップス

2)フライドポテト


とりあえずベシアナちゃんにポテチが売ってるかみておいでぇ~~といって散策に出てもらいました。
しかし、、、
怖がりのベシアナちゃんは、目の前の店にいき、遠目から商品棚をみつめ、、、
すぐにもどってきて・・・


「なんかポテチあったと思う。ちいさいの」
との報告。


たしかにベシアナちゃんがおなかすくのもわかります。
だって、ウィーンまでの機内で食べたのは、日本から持ち込んだクロワッサン1個だけ。
あとはコーラを連発で飲んでいたくらいだしあせり



しかし、降りてから1時間も経ってないし、、、
ここで食べたら、待ち時間3時間半ももたないわけで、、、
もうすこし待たせてから、夕飯をかねて食事をすることにしました。(きっと機内食は食べないと判断)



夕食は、、、
ポテトチップスではなく、フライドポテトがつけあわせになっている
ウィーン名物「ウインナーシュニッツェル(鶏肉バージョン)」をオーダー。
鶏肉は私が食べて、ベシアナちゃんは付け合わせのフライドポテトを満喫ニコニコ。 横向き

2_convert_20081226173456.jpg



すでにやることもないし、待合い場所の景色にあきているので、、、
次の搭乗口に移動することにしました。

そこでベシアナちゃんは、コソボの家族に電話し「今、ウィーンだよ。もうすぐ帰るね」コールをしました。しかも、自宅だけではなく親戚などにも電話しまくりぃソフトバンク


やっと出発となり、ウィーン時間19:45(日本時間翌朝4:45)に出発。
さすがにコソボまでの約2時間、ベシアナちゃんはグッスリ眠りにつきましたzzz



そして、コソボ共和国首都プリシュティナに現地時刻21:45(日本時間翌朝6:45)に到着しました。
日本からの純粋なフライト時間は、約13時間30分。
成田のチェックインから数えたら、約22時間の長旅うわあおっ!


飛行機のタラップを降りると、外は雪雪だるま


ベシアナちゃんは、6ヶ月半ぶりの母国へ帰還。
眠い顔をこすりながら、ベシアナちゃんは自国の地を歩き出し、、、
空港ターミナルビルへ向かいました。
あとは入国審査して荷物を受け取れば、家族にあえるのですjumee☆excite2



雪が舞う中、空港ターミナルまで歩いて、まずは入国審査を受けます。
飛行機の搭乗人数もすくないので待ち時間も短く、やっと私たちの順番となりました。


スッと通れると思っていたのですが・・・
なぜ日本人とコソボの少女??というところに疑問も頂いた係官から
「親はどうした?」という質問をされたので、
私は「外に迎えにきているはず」と答えたら・・・
係官から「ちょっとこっちに、、、」と言われ、移動。


ちょっと面倒臭いことになるかな?と思いつつも、素直に移動。
上官にも同じ質問されたので、今度はベシアナちゃんにアルバニア語で答えてもらった。


ベシアナちゃんは「親が外で待っていること」と「自分が手術のために日本にいってたこと」などを話したらしく、すんなり通してもらえた。


思った以上にあっさりだったので、ベシアナちゃんに何を話したのかを聞いたところ、、、
「戦争のときに大やけどして日本で手術している。もう何回も日本で治療している」と話したら、
係官が「かわいそうに。。。」ていうかんじで行って良いよって言ってくれたと言ってました。



そして、荷物を受け取って空港の外へ、、、、

外にでると雪の中、多くの人たちが出迎えにきていましたピース


そして、ベシアナファミリーも待っていました。
残念ながら父親はスロバニアで仕事をしており、迎えにくることができなかったようです。


さすがに雪の中長時間待っていたらしく、待っていた家族も非常に寒そうでした雪の結晶(*゚▽゚)01(背景あり)


ベシアナちゃんの兄弟達が手持ち花火でベシアナちゃんの帰国を歓迎。
3_convert_20081226173809.jpg

ベシアナちゃんは嬉しいような恥ずかしいような?
さらに眠いような??というちょっと複雑な感じでした。


夜も遅いし、寒いしっていうことで、身体が完全に冷えないように
すぐに駐車場に移動しました。
そして、ベシアナちゃんと最後のお別れとハグをして、ベシアナちゃんは家族と一緒に自宅へ帰って行きましたバイバイ

帰国への道のり-1

12月21日(日)朝9時
成田空港でチェックイン手続きが、順調かと思いきや、、、
機内預け荷物で問題発生汗;

ベシアナちゃんと付添いで2人での搭乗です。
ということは、1人20kg×2人ということで荷物の重さは、計40kgまでOK
付添いは手荷物だけなので、ベシアナちゃんの荷物だけで40kgまではOKのはずが・・・
なんと52kgもあることが判明えぇ

係員からは、3万円を超える超過料金を提示されましたが、、、
交渉の末、手荷物の重さも計り、、、
その結果は~~~


なんと超過料金ナシで通してもらえましたグー



その後、フジTVの取材もこなして、10時30分過ぎに出国審査場へ移動。
出国審査に時間がかかると思ったが、スムーズに通り、
定刻11:55乗り換え地となるウィーンに向けて飛行機が飛び立ちました戦闘機(F-22ラプター)


幸いなことにエコノミーにもパーソナルTVが設置されていたので、ベシアナちゃんにはビデオの使い方を教えて、静かにしてもらうことに・・・ニコッ♪

ところが、約12時間のフライト。
ずっともつこともなく、後半にはいるまえから、、、
30分おきくらいに「あとどのくらい?」の質問攻めにありました絵文字名を入力してください




無事にウィーンに到着拍手 パチパチ
ここでは約3時間半の乗り換え待機時間があるわけですが、、、
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