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滞在回想録(ホームステイ)

6月18日(水)に退院したベシアナちゃんは「ベシアナちゃんを助ける会」事務局スタッフの自宅にホームステイしています。
前回(3年前)もスタッフ宅にホームステイしているので、日本の自宅となっています。
ベシアナちゃんの日本の母(事務局スタッフ)と父が本当の親のようにお世話をしてくれています。

通訳がいる間(7月29日まで)は、夕食は通訳がコソボ料理を作っています。そのため、日本の母と父はほぼ毎日のようにコソボ料理を堪能
特に予定がないときは、スタッフ宅にいて通訳と二人で自転車で散策などをしています。
週1回の通院や何か予定があるときは、事務局のあるADRA事務所にスタッフと一緒に通勤(?)しています。

事務所にいるときは、100マス計算などをして時間を過ごします。ただ、2~3時間もすれば限界になるようでギブアップ??(あきらめます)
一応、勉強をするようにADRAスタッフも協力してくれます


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滞在回想録(術後―2)

6月の手術後、1週間の入院でした。
前半は食事もあまり食べられず、痛みとの闘いでしたが、、、
週末からは元気が出てきた!というよりも、、、

「わがまま」になってきたというほうが正しいかも知れません。
好きなものしか食べなくなるのはまだ良いほうです。
飲まなければいけない薬を吐き出したり、飲むふりをして投げ捨てたりし始めました。
薬を投げ捨てるなんて・・・
さすがにサポートする立場としても見過ごせないので、
ベシアナちゃんと通訳と話し合いをしました。
その結果、ベシアナちゃんも薬を飲むことや食事をきちんと食べることを了承して、
退院するまでの数時間は、新たな入院生活が始まりました
話し合いあとは、嫌いなものも少しは食べるようになり、薬も嫌々ながらも飲むようになりました


日本のおばあちゃんは毎日お見舞いに来てくれるし、多くの方が心配してお見舞いにきてくれました。


そして、6月18日(水)の午前10時過ぎにベシアナちゃんは、元気になって退院をしました。

滞在回想録(おばあちゃん編)

11日の手術してから13日までは、痛みとの闘い。
病院食もまともに食べることができず、、、
トイレに行くのも一苦労。。。

ベシアナちゃんが入院してから、毎日お見舞いに来てくれるのが、日本のおばあちゃんです。日本のおばあちゃんは、ベシアナちゃんが2000年の来日時に6ヶ月間住んでいたアパートの大家さん。
ベシアナちゃんも「おばあちゃん」と日本語で呼ぶし、おばあちゃんのことが大好きですハート
アパートに住んでいるときは、おばあちゃんの家も自分の家のように出入りして、遊んでいました絵文字名を入力してください
おばあちゃんは、ベシアナちゃんのために募金を集めてくれたり、好きなものも買ってくれたりします。
でも、甘やかすばかりではなく、時には叱ってくれる本当のおばあちゃんです。


以前の来日で入院中のことです。
おばあちゃんがお見舞いに来てくれたのですが、しばらくしたらベシアナちゃんはおばあちゃんをみて安心したので眠ってしまいしたzzz
ベシアナちゃんも寝たので、おばあちゃんは家に帰ったのですが、、、
目を覚ましたベシアナちゃんは、おばあちゃんがいないことに気がつき、、、
大泣きくすん…
そして、おばあちゃんの家に電話して「もどってきてほしい」と電話をするほどでした。
それ以来、おばあちゃんはお見舞いに来て帰る前に、ベシアナちゃん本人に「帰っていいか?」ということを確認してから帰るようにしています。
最近はベシアナちゃんも「いいよ」と返事をして、お見舞いタイムが終わります。


そんなおばあちゃんとベシアナちゃんの関係は、見えない何かでつながっているようです。
それは・・・

まずは10日の入院の日でした。
病室でくつろいでいたベシアナちゃんは、通訳におばあちゃんの話をし始めました。
そして、一通り話し終わったあとにベシアナちゃんは病室をでて、小児科病棟のプレイルームへ、、、
数分もたたないうちにベシアナちゃんは、病室に戻ってきました。
しかも、おばあちゃんと一緒にbikkuri01
ベシアナちゃんがプレイルームに向かったとほぼ同時におばあちゃんがエレベーターで小児科病棟に向かっていたのです。そして、おばあちゃんが病棟のドアを開けた目の前にはベシアナちゃんが!!!
ベシアナちゃんは、おばあちゃんと見たとたんに「おばあちゃ~ん」と言って走って抱きつきました。
これにはおばあちゃんもビックリ&うれしいニコッ♪
そして、二人で手をつないで病室に戻ってきたのです。
おばあちゃんとお見舞いの時間を約束したわけではありません。おばあちゃんには10日の午後に入院しますとして伝えていないのに・・・。。。


二人の絆はそれだけではありませんピース
通院の日のことです。病院に行く前にランチを済ませ、時間がすこしあったので、昔住んでいたアパートへ続く商店街を散策していました。
そしたら!
前方からおばあちゃんが歩いてきました。
ベシアナちゃんはいち早くおばあちゃんをみつけて、走りました。すぐにおばあちゃんが持っていた荷物も持ってあげて、一緒に病院方面に向かって歩きました。
おばあちゃんは通院の日と大体の時間は分かっていましたが、この商店街は病院とは逆方向です。しかも、もし散策していなければ会うこともなかったのです。
さらにおばあちゃんはベシアナちゃんが行く病院に向かったのではなく、自分が通っている別の病院に向かう途中だったのです。
ベシアナちゃんもおばあちゃんに会いたがっていたし、おばあちゃんもベシアナちゃんの通院の日だなぁと思っていたそうです。そんな二人の想いが通じた再会らぶ

このようにコソボの少女ベシアナちゃんと日本のおばあちゃんの絆は、「深いい」のでした。

滞在回想録(通訳編)-2

通訳編の2回目はさかのぼってしまいますが、来日してすぐの回想録をお届けいたします。


6月8日(日)   「初めての東京」

私たちが東京に着いて2日目なので、まだ時差ボケが解消されませんでした。でも、その日はとても特別な日で、11:00の出発まで待ちきれませんでした。
なぜならコソボでお世話になった人(とても親しい日本人女性)の特別なお食事会に招待されていたからです。

前日にADRAスタッフから「日曜日は渋谷観光をしてから、お食事会に行くよ」といわれいたので、楽しみでした。11時前にはADRAスタッフが迎えにきてくれて、渋谷に電車で向かいました電車
日曜日のせいなのか、東京でもっとも人気がある場所のせいなのか分かりませんが、コソボでは見たことないほどの人の多さに驚きましたbikkuri01
そして、博物館などをめぐりました。とても興味深いものばかりで、数え切れないほどの質問が生まれました。


私がコソボにいたころ(日本に来る前)に、私とベシアナちゃんのとても親しい日本人女性の友人からメールを受け取りました。ベシアナちゃんは彼女のことを「お姉ちゃん」と呼んでいます。
そのお姉ちゃんから特別なお食事会の招待をうけました。そして、すぐにベシアナちゃんに電話をして、そのことを伝えたらベシアナちゃんはすごく喜んでいました。そして彼女は「明日にでも日本に行きたい。」とお食事会の日を待ちきれない感じで言ってました。


数時間の渋谷観光で多くの質問が解決できました絵文字名を入力してください
その後、ADRAスタッフが招待をうけている特別なお食事会に連れて行ってくれました。私とベシアナちゃんは、数年ぶりにお姉ちゃんに会えるのがとても楽しみでした。しかもお姉ちゃんがきれいな着物を着ていてとても美しかったですハピィw
お食事会に出席されていた方々ひとりひとりが、私たちが過ごしやすいように声をかけてくださったことがうれしかったです。私たちは、いろいろな種類の日本食を食べ、とても幸せな一時を過ごせました。

お食事会に行く途中に、東京タワーをみました東京タワー
ベシアナちゃんは何度か東京タワーに行ったことがありますが、また行きたいと言っていました。
もちろん私は行ったことがありません。
お食事会が東京タワーの近くだったので、ADRAスタッフはお食事会の後に東京タワーに連れて行ってくれました。まさにそこは「驚くべき美しい世界」でした。
東京タワーという高い場所からみた東京の夜景は、すべてを特別なものに映し出してくれましたピース

滞在回想録(術後-1)

手術翌日の12日の朝、まだ痛みと戦い続けるベシアナちゃん。
右半身に手術が集中したので、右半身を下にすることができません。
仰向けになるか、左半身をしたにするかのどちらかになります。しかし、少しでも動くたびに痛みがあるようで辛そうあせり
トイレにいくのにも一苦労ですが、通訳や看護師さんに手伝ってもらいながらがんばりました。

動きたくても動けないので、ずっとビデオをみるしかありませんテレビ
日本語だけのアニメは、ベシアナちゃんがなんとなく映像で楽しむことができますが、通訳は??になってしまいます。

事務所やスタッフからポータブルDVDプレーヤーとDVDソフトを借りて、ベシアナちゃんに提供。
あるスタッフが自分の子供のために録画しておいたアンパンマンがいっぱいあったので、これまたラッキー!
通訳もみられるように、ハリポタなども借りることができました。日本語で英語字幕にすれば、ある程度二人とも楽しめるのでよかったです。


しばらくはこんな生活が続きました。
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